コラム

2014年8月 6日 (水)

平和への願い

平和への願いが次の世代にそしてまた次の世代へと受け継がれていきますように・・。

Hope desire for peace will be passed on to the next generation and also to the next generation...

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2013年8月15日 (木)

千鳥ヶ淵戦没者墓苑

此処にも参拝に来ました。白菊を献花しました。 1376548230373.jpg 1376548237506.jpg 1376548244194.jpg 1376548248662.jpg 1376548254652.jpg

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Visit to the Yasukuni Shrine / 靖国神社参拝

Although the Yasukuni Shrine has been covered by mass media many times before, we were purely there to pray for the souls of those who perished in the war. When Prime Minister Koizumi visited to pray, we used to debate in an English circle. Also, it is for my consciousness that the present prosperity consists of so many sacrifices and tremendous efforts of the predecessors who fought toward revival from a devastated land. I have taken my parents to Yasukuni. Especially my father was fully satisfied. He had lost the eldest brother who was 20 years old in war. My father himself took a supplementary class to volunteer for a suicide corp and passed the exam but he greeted the end of the war without going to a training range. My grandma was a war widow and my mother doesn't know her father's face. It means that I had lost myself no less than 2 relatives who must have been able to meet. It just prays for world peace for such a tragedy to never happen. 靖国神社は、今まで散々マスコミに報道されてきたけれども、私たちは、ただ純粋に戦争で亡くなった方々のご冥福をお祈りに来ています。小泉首相が参拝された折には、英語サークルでDebateをしたものでした。また、今の繁栄が先人たちの多くの犠牲と焼け野原から復興に向けての壮絶な努力によって成り立っていることを自覚するためでもあります。 私は両親を靖国に連れて行ったことがあり、特に父はご満悦でした。彼は当時20歳だった一番上の兄を戦争で亡くしています。自身、特攻隊に志願するつもりで補習を受け、試験に合格しましたが訓練場に行くことなく終戦を迎えました。祖母は戦争未亡人で、母は父の顔を知りません。私自身、会えるはずだった2人もの肉親を失ったことになるのです。このような悲劇を繰り返さないために、世界平和を祈るばかりです。 靖国神社参拝 アルバム 1378126691386.jpg

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2013年8月 6日 (火)

Atomic Bomb Dome in Hiroshima / 広島の原爆ドーム

This is the photo taken by myself. Hiroshima is close to my hometown, Imabari city of Ehime Prefecture. The atomic bomb was dropped 68 years ago in such beautiful and peaceful Setonaikai(an inland sea). Never... don't drop such a thing on the people... Never... While praying for the bliss of many people who passed away, don't forget for people suffer from atomic-bomb disease even now.

これは私が撮った写真です。広島は私の故郷、愛媛県今治市に近いです。こんなに美しくてのどかな瀬戸内海に、68年前に原子爆弾が投下されたなんて。こんなものを決して人間の上に落としてはならない・・。決して・・。亡くなった多くの方々のご冥福をお祈りするとともに、今尚、原爆症で苦しむ人たちがいらっしゃる事を忘れてはなりません。

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2013年6月17日 (月)

二本松の悲劇

昨夜の大河ドラマは身に染み入りました。白虎隊は有名ですが、二本松の鉄砲少年隊も幕末に果敢に戦ったのですね・・。第二次世界大戦の特攻兵と重なってしまいました。

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2011年8月 9日 (火)

~二度と原爆を使ってはいけない ~

66年前の今日、広島に次いで長崎に原爆が投下された。昨夜、占領軍の指令官として長崎にやってきたデルノアの娘が、父の足跡をたどるというNHKドキュメンタリー 『二度と原爆を使ってはいけない』 を見た。何とも衝撃的なタイトルだと思ったのは、日本人ではなくアメリカ人が訴えていたから。一人でもそう思ってくれたアメリカ人がいたということは感無量である。何と、長崎の平和記念式典のきっかけを作ったのがこのデルノアだと言う。長崎で産まれた彼女が、父から託されたものとは何か。番組の中で、彼と関わった人たちを通じてそれが次第に解ってくる。

彼は、ナチスに支配された収容所から犠牲者たちを救出し、正義の国アメリカと誇りに思っていた。しかし、そのアメリカが、ナチスと同じ事をした・・何の抵抗手段を持たない一般市民までを・・ここまでやったのかと心底祖国に失望したのである。亡くなる前に言い残した言葉は・・「トルゥーマンの原爆投下の決断は、誤りであった・・。」被爆直後の長崎を見たからこその言葉であったのだろう。 彼は、生前、14歳の被爆少女の手記を出版しようと何度も訴えかけた。しかし当然のことながら、それは実現しなかった。軍人が国策に抵抗することはとても勇気のある行動だったに違いない。日本で教科書問題が起こっているように、アメリカでも壊れた建物の写真はあるが、人が亡くなっている写真はまず見ない・・と娘は言う。日本は、もっと原爆の無残さ、被爆者やその家族たちの無念さを世界に発信すべきである。唯一の被爆国である日本が、今になってまた原発事故による放射能で悩まされるというのは、全く皮肉としか言いようがない・・。

浦上天主堂
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2010年8月 6日 (金)

アメリカ ルース大使 ~ 無言の謝罪か? ~

広島での原爆投下の平和式典に、初めてアメリカ代表が出席した。献花もせず、黙ったままで、さっさと立ち去ったということで、かなりの批判も浴びたが、今日、2010年8月6日が歴史的な日となったことに変わりはないだろう。オバマ大統領の英断には感謝する。これでも一歩前進というべきか。アメリカ本国では、当然のことながら、「無言の謝罪」をしたと原爆投下を戦争を終わらせるためのものだったと正当化している人たちの不満が募っているらしい。確かに真珠湾を攻撃したのは日本軍だが、国力もなかった終戦間近の日本を、あそこまでやる必要があったのだろうか。誰もが自国を思うのは当然だが、個人的に言わせてもらうなら、やはりアメリカには正式に謝罪をしてもらいたいのである。日本も真珠湾記念日や南京で虐殺を行った記念日には、政府代表を送って、日本軍が殺した多くの人たちに対して冥福を祈り、きちんと謝罪を行うべきだと思う。

広島記念資料館
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2008年8月 6日 (水)

近くて遠かった広島・・

2005年にブログを初めてから、毎年8月には戦争に関する記事を書くことにしています。63年前の今日、広島に原子爆弾が落とされました。アンの実家は愛媛県今治市。広島県尾道市としまなみ海道でつながっているので、愛媛県の中でも広島には近い場所です。しかしながら、きちんと広島を訪れたことがなかったのです。今年のGWにようやく ”広島記念公園”に行き、資料館にも足を運びました。身に詰まされる思いがしました。この石碑にも刻まれている通り、二度と同じ過ちを起こさないよう、そしていつまでも平和が続くよう祈る気持ちでいっぱいです。
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〜 安らかに眠って下さい 過ちは繰り返しませんから 〜

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2007年8月15日 (水)

大田区平和都市宣言!



ブログを始めて3年になります。毎年、年に1度8月に、戦争に関する記事を書くことに決めています。
2006 あのとき原爆は止められた・・
2007 靖国について考える・・

アンの住んでいる大田区では、平和宣言をしていて、花火大会が毎年8月15日に行われます。この花火には、カナダ人のSigも来てくれました。そういえば1年前にこんなことがありました。英語サークルでクラスが終わった後、『Japan』というタイトルの分厚い本を片手に、Sigが「これを読んで、何故、日本に原爆が投下されたかがわかったんだ!」と、まるで新事実でも発覚したかのように言いました。聞くと、「日本がなかなか戦争を止めようとしなかったからなんだ。投下しなければ、アメリカも含めてもっと犠牲者が出た。」と、アメリカで教育されているありきたりのセリフでdisappointしてしまったことを覚えています。今更こんなことを言うくらいだと、当事国でなければ、教育をされていないか、あるいはされていても記憶にとどまるほどの出来事ではないんだな・・と思いました。私は、「その時は既に主要都市は破壊され、燃料もなかったし、原爆なんか投下する必要はなかったんだ!そんなの、アメリカの言い訳!」と言ったら、キョトンとした顔で、「へー、そうなの!?」っていう表情と同時に、私のこわばった表情に恐れをなしたのか、「それはただのexcuse(言い訳)だね。」って逃げるように行ってしまいました・・。当事国ではない人にこそ、正しい判断をして欲しいのは、私のエゴ?かもしれないけれど、わかって欲しいのです。でも、実際、当事国の人間でも忘れかけているのだから、仕方ないのかもしれません。シンガポールの人にも、もう60年以上も経っているのに、まだ恨んでいるの?って言われたことがあります。



大田区は今年、区政60周年になります。戦争が終わった後すぐにできた区なのですね。News23は非常にいい番組だと思います。「あのとき原爆は止められた・・」もそうでしたが、今年は「終わらない戦争」をテーマに何日かやっていました。残念ながら、1日だけしかも途中からしか見ていませんが、戦争が終わった後もタイで暮らし続けている男性2人のお話でした。生き残っても捕虜になることも許されなった時代、帰るに帰れなかったそうです。お2人とももう八十代で、1人暮らしです。日本の家族は戦争で亡くなっているので帰国しても頼るべき身内もいません。1人はタイの妻を亡くし、子供たちとも何故か交流がありません。戦争が終わったことを知らず、ジャングルの中で行き続けた人たちがいたことは知っていましたが、こういう方たちもいらっしゃるということを意識していませんでした。政府は、対応を考えてくれないのでしょうか?


花火の前に、6時くらいから、太鼓やジャズバンドの演奏などがあります。写真では小さくてわからないのですが、“60”という数字がライトアップされていたので、何かな〜と思っていたら、後で区政60周年とわかりました。花火を見るような暢気な夏休みを過ごせるのも、先程のタイに住まざるを得なくなった人たちのような、多くの犠牲の上に成り立っていることを忘れないでおくとともに、いつまでもこういう平和が続くよう祈るばかりです。

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2006年8月15日 (火)

靖国について考える・・



8/14のNews23は、「私たち日本人に靖国問題をこれほどまでに突きつけてくれたのは、小泉首相が初めてではないか・・。」という筑紫哲也さんの第一声で始まりました。そう、政治音痴な私にとっても例外ではなく、2001年まで靖国神社は、日本の有名な神社の1つ、戦没者が祀られているという程度の認識でしかなかったのです。この年は、英語サークルの「首相の靖国参拝についてどう思うか。」というテーマのDebateに参加したものでした。

日本国内でも賛否両論のある中、8/15の参拝を成し遂げた小泉首相を、勇気ある行動と思うか、浅はかな行為と思うか・・それは人それぞれだと思います。ちなみに私は支持している方です。知覧特攻平和会館での涙を流すシーンが今日も繰り返されていましたが、戦争で亡くなった人を哀悼する気持ちは誰もが同じでしょう。

一方で、中国・韓国の方が怒るのは当然のことであり、関係を悪くしてまで強行する必要はないという意見も最もであります。あるコメンテーターが言っていた、「歴史問題、A級戦犯の合祀についての説明がない。」 もしかしたら、それらの解決の方が先で、いささか順序が先になってしまったのかもしれません・・。いずれにしても私はこう思うのです。天皇陛下や総理大臣が、自国及び他国の非難を浴びることなく、平和に静かに参拝できる・・そんな世の中になって欲しいです。解決策としては、A級戦犯の分祀がいいように思いますが、それも簡単にいきそうにない今、どうすればいいのかわからないし、偉そうなことを言える立場でもありません。ただ、小泉首相あるいは次期首相など政治家だけに責任を押し付けるのでなく、国民1人1人が、先の戦争について考える・・それが大切なことだと思うのです。戦争の面影はかけらもなくなった今、60年以上も前のことをいつも考えることは不可能だと思います。でも、せめて年に1度でも、祖国のために亡くなって行った人たちのことを考えてみませんか? 犠牲になった人たちのことを思いやってみませんか? 8/15はいつも夏休みでのんびり暮らしている私は、平和ボケしてしまっている自分を戒める意味でも年に1度、8月にブログで戦争について書いていこうと思っています。

去年の記事
写真は、3年前に両親を連れて行った時の靖国神社/神門です。

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