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2007年8月15日 (水)

大田区平和都市宣言!



ブログを始めて3年になります。毎年、年に1度8月に、戦争に関する記事を書くことに決めています。
2006 あのとき原爆は止められた・・
2007 靖国について考える・・

アンの住んでいる大田区では、平和宣言をしていて、花火大会が毎年8月15日に行われます。この花火には、カナダ人のSigも来てくれました。そういえば1年前にこんなことがありました。英語サークルでクラスが終わった後、『Japan』というタイトルの分厚い本を片手に、Sigが「これを読んで、何故、日本に原爆が投下されたかがわかったんだ!」と、まるで新事実でも発覚したかのように言いました。聞くと、「日本がなかなか戦争を止めようとしなかったからなんだ。投下しなければ、アメリカも含めてもっと犠牲者が出た。」と、アメリカで教育されているありきたりのセリフでdisappointしてしまったことを覚えています。今更こんなことを言うくらいだと、当事国でなければ、教育をされていないか、あるいはされていても記憶にとどまるほどの出来事ではないんだな・・と思いました。私は、「その時は既に主要都市は破壊され、燃料もなかったし、原爆なんか投下する必要はなかったんだ!そんなの、アメリカの言い訳!」と言ったら、キョトンとした顔で、「へー、そうなの!?」っていう表情と同時に、私のこわばった表情に恐れをなしたのか、「それはただのexcuse(言い訳)だね。」って逃げるように行ってしまいました・・。当事国ではない人にこそ、正しい判断をして欲しいのは、私のエゴ?かもしれないけれど、わかって欲しいのです。でも、実際、当事国の人間でも忘れかけているのだから、仕方ないのかもしれません。シンガポールの人にも、もう60年以上も経っているのに、まだ恨んでいるの?って言われたことがあります。



大田区は今年、区政60周年になります。戦争が終わった後すぐにできた区なのですね。News23は非常にいい番組だと思います。「あのとき原爆は止められた・・」もそうでしたが、今年は「終わらない戦争」をテーマに何日かやっていました。残念ながら、1日だけしかも途中からしか見ていませんが、戦争が終わった後もタイで暮らし続けている男性2人のお話でした。生き残っても捕虜になることも許されなった時代、帰るに帰れなかったそうです。お2人とももう八十代で、1人暮らしです。日本の家族は戦争で亡くなっているので帰国しても頼るべき身内もいません。1人はタイの妻を亡くし、子供たちとも何故か交流がありません。戦争が終わったことを知らず、ジャングルの中で行き続けた人たちがいたことは知っていましたが、こういう方たちもいらっしゃるということを意識していませんでした。政府は、対応を考えてくれないのでしょうか?


花火の前に、6時くらいから、太鼓やジャズバンドの演奏などがあります。写真では小さくてわからないのですが、“60”という数字がライトアップされていたので、何かな〜と思っていたら、後で区政60周年とわかりました。花火を見るような暢気な夏休みを過ごせるのも、先程のタイに住まざるを得なくなった人たちのような、多くの犠牲の上に成り立っていることを忘れないでおくとともに、いつまでもこういう平和が続くよう祈るばかりです。

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