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2007年1月26日 (金)

『硫黄島からの手紙』を観て・・



お正月休みに、『硫黄島からの手紙』を観た。恥ずかしながら、私は“硫黄島”の存在どころか、名前すらも知らなかった。戦争中、グアムやサイパンがアメリカの手中になり、B29が日本本土を攻撃できる体勢になったことは知っていた。だが、本土防衛の最後の砦は、実は「硫黄島」だったのである。
年末に、テレビドラマでも「硫黄島からの手紙」を観た。こちらはかなり史実に基づいているらしく、栗林中将の奥様役の手塚理美がナレーションをやっていた。また、ドラマの端々では、僅かながらに生き残った人たちや、中将の娘さんも登場し、当時の様子を振り返るというリアルなものであった。アメリカの激しい銃撃を受け、物資を運ぶ飛行機は次々と討ち取られた。その中には、戦士の唯一の支えとなった家族との『手紙』も入っていた。「命がけで手紙を運んでくれた人たちがいたことをありがたく思う・・。」という中将の娘さんの言葉・・。映画では、戦士たちを励ましたのは中将の地元小学校の合唱団だったが、実は、この娘さんの「お父さんへのメッセージ」だったのである。また、実際に手紙を運び、無事に帰還した最後の一機に乗っていた根元さんも登場していた。手紙を届けることに使命を感じている根元さんをはじめ、戦士の中の郵便係りの人たち・・。TVの方は、かなり“手紙”に特化した内容になっていた。


これに対し、映画の中での手紙の存在は、婉曲的なものであった。映画は、2005年の硫黄島から、ある袋が発掘されるというシーンから始まる・・そして、最後にまた現代に戻り、袋からばらけた手紙がぱらばらと舞い落ちる中、家族の声が聞こえる・・というシーンで終わるのである。これもまたよし・・である。もちろん、手紙はこの2シーンのみに出てきただけではなく、中将や戦士から家族への手紙もあった。また、アメリカ人から見た硫黄島ということであるからだろうか、アメリカ人戦士が母親からもらった手紙もあった。子を思う母の気持ちは敵味方も同じ・・ということを強烈に伝えたシーンであった・・。

映画は素晴らしいものであったが、何故か涙は一粒も出なかった。これは、タイタニックを観た時と同じ現象である。映画というものは、時には美化され、架空の世界を伴うものであり、どうも私は、事前にその現実を見てしまうと無意識のうちに比較に似たものをしてしまうらしい。映画の宣伝も含めて、また、より内容を理解してもらうために、封切の前にTVでドキュメンタリーとして放映されるのはよくあることだ。おそらく、TVを観ていなかったらもっと映画で感動したかもしれない・・しかし、史実として存在し、それが悲しい歴史であるならば尚更、その「現実」を理解しておかなくてはいけないのも事実であろう・・と、自分なりの勝手な解釈をしながら2007年をスタートしたのであった・・。

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コメント

埼玉の玉五郎です。
残念ながら正月は不在でしたので、見ることが出来ませんでした。
世界的に不均衡が更に進行し、今は極めて危険な状態と言えます。
核保有・衛星の破壊など、更にエスカレートしています。
小学生の頃にサイパン島、硫黄島玉砕を聞きましたが、幼少故に
事の重大さが判りませんでした。
こんな悲劇は繰り返してはいけません。

投稿: 埼玉の玉五郎 | 2007年1月29日 (月) 12時12分

そうなんです。日本は今平和ぼけしてますけど、世界の尺度で見ると過去や人事ではないですね。自分を戒めるために、8月に1度は「戦争の記事」を書くことにしています。

投稿: anne | 2007年2月 2日 (金) 00時44分

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